1型糖尿病治療~期待の星 iPS細胞
先般テレビや新聞等で報道されましたが、京都大学医学部附属病院糖尿病・内分泌・栄養内科の矢部大介教授のグループは、肝胆膵・移植外科と連携して、膵島移植の適応となります1型糖尿病患者さんを対象としたiPS由来膵島細胞シートの安全性を確認するための医師主導の治験を2025年1月より当院にて開始することを発表しました。1型糖尿病は、膵臓のランゲルハンス島と呼ばれる部位にあるβ細胞が障害されてインスリンを産生できなくなった結果、高血糖状態が続き、生存を危うくする病気です。iPS細胞は、さまざまな臓器などの細胞に分化する能力をもつ多能性幹細胞(どのような細胞でも作り出すことのできる基になる細胞のことです。)で、京都大学の山中伸弥教授が2007年に、ヒトの細胞からiPS細胞の樹立に世界で始めて成功したものです。
1型糖尿病は、世界では800万人以上、日本でも10~14万人の患者さんがいると推計されています。そのうち10%程度は血糖コントロールが不安定なタイプで、これをブリットルタイプと言いますが、本人が自覚しないような低血糖で死に至る危険性があります。膵臓ないし膵島の移植は、これらの患者さんを対象としています。iPS細胞に関してはまだ開発研究の段階ですが、実用化に成功すれば、1型糖尿病の新しい治療法になると期待がかかります。
膵β細胞は、膵臓のランゲルハンス島という膵臓の島「膵島」にあって、血糖の高さに応じてインスリンを分泌させ、血糖値の調節をになう細胞のことです。インスリンとは、血液中の糖をとりこませるように細胞に働きかけ、血糖値を下げる効果のあるホルモンです。そのインスリンを分泌するβ細胞のかたまりが膵島です。膵島と同じ細胞集団をiPS細胞から作ったものがヒト細胞由来膵島細胞です。すでにこの膵島細胞を、糖尿病モデル動物に移植すると、血糖値が正常化して、耐糖能(血糖値を性状に保つ能力)が改善することが確認されてます。
京都大学医学部附属病院が取り組んでいるのは、iPS細胞から膵島細胞のかたまりを作りシート状にして、それを患者の腹部皮下に移植するという新しい治療法の開発です。そのiPS由来膵島細胞シートの安全性を確認する ための医師主導の第1相試験(1番始まりの治験)を、2025年1月より開始するとしてます。治験には、インスリン分泌能が廃絶して、専門的治療によっても血糖変動の不安性が大きく血糖管理が困難な1型糖尿病患者(ブリットルタイプ)が参加する予定となっています。
海外でもすでに、iPS細胞(多能性幹細胞)により膵島を作り移植する、新しい治療法の開発研究が行われてます。患者の体から採取されて細胞を使い作った膵島を移植し、1型糖尿病を治療するのにはじめて成功したと、中国の北京大学や南開大学などが発表したそうです。
日本での膵臓移植の歴史は1997年に脳死移植が可能となる臓器移植法が施行されるに伴い2000年より大阪大学 を皮切りに行われ、以後年間ぼぼ30~40例行われるようになりました。
膵臓からの内因性インスリン分泌が廃絶した糖尿病患者では頻回のインスリン注射やインスリンポンプによっても血糖変動が激しく、生活の質が著しく低下するのみならず重症低血糖や糖尿病性ケトアシドーシスによる生命の危険にさらされ、しばしば救急搬送や入院を余儀なくされています。糖尿病の合併症も進行し、腎不全から透析治療に至ってしまうこともすくなくありません。こうした患者さんが移植医療の適応でして、膵臓移植あるいは膵島移植が考慮されることになりますが、膵臓移植に関しては腎移植と同時に行われる膵腎同時移植が主流です。腎不全から透析治療に至ってしまう症例です。これを施行した患者さんでは、移植後の5年および10年生存率はそれぞれ95%,89%と著明に良好であったのです。インスリン離脱と生命予後の著名な改善をもたらすことができるのです。
しかし、高侵襲の全身麻酔による開腹手術が必要な膵臓移植では、血栓症、感染症などの合併症がまた比較的多かったです。そのため、局所麻酔下で行う低侵襲の膵島移植がとみに注目され、国内外で臨床研究が進められました。
膵頭移植は分離した膵島の組織を門脈という血管から肝内へ注入する組織移植でして、局所麻酔のみで行うことが可能であるため非常に低侵襲であると言えます。
その1つには異種動物を使った異種膵島移植方法があります。
移植医療のおおきな課題でありますドナー(臓器提供者)不足の解決策として、異種動物からの移植や幹細胞を用いた再生医療の研究がさかんに行われてます。そのなかで、ブタの臓器を利用した移植は本命の1つであるとされ、糖尿病の移植医療においてもブタの膵島をカプセル化した「バイオ人工膵島」の臨床応用が現実的な新規治療法として期待されています。拒絶反応を引き起こす免疫細胞からの隔離機能のある半透過性のカプセルに封入することで免疫抑制薬を使用しない移植が可能となることが大きなメリットです。
人間の膵島からの膵島移植も進歩しております。
2000年にカナダのアルバータ大学のグループは薬剤の使用と複数回の移植などを前提としたエドモントンプロトコールという手技により、7例全例がインスリン離脱したとの歴史的な報告を行いました。その後このエドモントンプロトコールによる膵島移植が世界的に広まりました。
日本においては、2003年9月に国立佐倉病院にて、日本初のヒト膵島分離が行われ、2004年4月には京都大学病院にて、日本初の臨床膵島移植が実施されました。
膵島移植は2020年に我が国で公的保険を用いてうけることができるようになりましたが、慢性的なドナー不足により年間数例程度の移植にとどまっているのが現状です。膵島移植の現時点での治療上の位置付けはどこまでも血糖安定化によって、生命にもかかわる無自覚性低血糖や重症低血糖の回避であります。インスリン投与が必要なくなるインスリン離脱までのためには複数回もの移植が必要なことが多く、更にドナー不足という点では膵臓移植と同じことで今後の課題となっていました。
そんな中で
「京都大学が1型糖尿病患者さんを対象としたiPS由来膵島細胞シートの安全性を確認するための医師主導治験を2025年1月より当院にて開始する」と発表したのは大変な朗報です。
iPS由来膵島細胞は試験管内で大量培養が可能です。移植手技も局所麻酔のみで行うことが可能です。従って反復して行いやすくなります。自己由来細胞ですので拒絶反応もありません。これが1番な移植法と思われますが実際の臨床の場で使われるまでにはまだ少し時間がかかりそうです。ブタの膵島を用いた異種移植は近い将来の臨床応用が見込まれてます。こちらの方が先になりそうです。
いずれにしましてもこれらの新しい移植技術が1型糖尿病を寛解に導いてくれる時代がやって来るでしょう。
1型糖尿病の発症を遅らせる免疫療法薬「テプリズマブ」も米国では承認されたようですし、1型糖尿病を発症させるウイルスに対する予防ワクチンの開発も進んできてると聞きます。 そんな訳で1型糖尿病患者さんにおかれましては、現在可能な手段を駆使して合併症の予防に努め、明るい将来を待ち受けてもらいたいものです。
参考文献)
京都大学医学部附属病院 ホームページ ニュース 2024年10月6日
月刊糖尿病 134 Vol13 No6
糖尿病ネットワーク ニュース 2024年10月3日