期待の新薬 マンジャロ
日本における糖尿病患者さんの血糖コントロール状況を厚生労働省が発表している「国民健康・栄養調査」の結果で見てみましょう。 2019年度の一般成人のHbA1cの平均値は5.46%でしたが糖尿病患者さんのHbA1cの平均値は7.15%でした。 これは、HbA1c 7%を目標値とする治療指針を考えますと、やや高めの値と言えます。また日本の糖尿病専門施設が行っているJDDM研究ではHbA1c 7%未満を達成してる患者さんの割合は51.1%でした(2021年度)。
世界的にみても国際的に推奨されるHbA1c 7%以下の目標値に達している人の割合は、糖尿病患者全体で約50%程度とされています。日本でも世界でも、HbA1c 7%以下の目標値に達している人の割合はまだ半数程度であることがわかります。更なる治療手段の開発が待たれるところです。
糖尿病は、インスリン効きが悪くなったり、インスリン分泌が悪くなったりして慢性的に高血糖状態が続く疾患でして、1型糖尿病と2型糖尿病に大別されます。患者さんの90%以上を占めます2型糖尿病は、複数の遺伝的な素因に加えて過食(特に高脂肪食、高エネルギー食)、運動不足、肥満、ストレスなどの環境因子および加齢が加わり発症するものです。そして生活習慣や社会環境の変化に伴い、患者数は年々増加傾向にあるものです。進行性の疾患であると言われてます2型糖尿病では、ライフスタイルの改善(運動療法や食事療法)と薬物療法の組み合わせによる総合的な治療アプローチが増々重要となって来ます。
今回は薬物療法、その中でもつい先日市場に出ました新薬についてその期待を込めて話をさせていただきます。
従来より薬物療法としては、インスリンを除けば
- 膵臓のβ細胞を刺激してインスリンを分泌させるスルホニル尿素薬(SU薬)
- 主に肝臓におけるインスリンの効きを良くするビグアナイド薬(メトホルミン)
- ブドウ糖を尿に排泄させて血糖を下げるSGLT2阻害薬という薬
- この後述べますインクレチンというホルモンを増やすDPP4阻害薬(インクレチン関連薬)
- インクレチンそのもののGLP-1受容体作動薬(インクレチン関連薬)
などといった薬があります。これらの新たな作用機序を有した薬剤の開発が進み治療効果も飛躍的に向上はしてきました。
中でも、インクレチン関連薬には、食事の摂取などにより消化管内分泌細胞から分泌され、インスリン分泌を促進する「インクレチン」と呼ばれるホルモンを増強させ血糖を下げるDPP4阻害薬があります。また直接外から「インクレチン」を補うGLP-1受容体作動薬とがあります。
この消化管ホルモン「インクレチン」にはGLP-1やGIPが知られており、いずれも血糖値が高い場合にインスリン分泌を増強させますが、血糖値が正常あるいは低い場合には増強しないという特徴があります。さらに、GLP-1はグルカゴン分泌抑制や胃内容物排出遅延を介して食後血糖を低下させる作用も確認されています。
この程登場したチルゼパチド(商品名マンジャロ)は、GIPとGLP-1の2つの作用を併せ持つという特徴を持った世界で初めてのインクレチン関連薬です。具体的にはGIPプラスGLP-1として膵β細胞に作用することで、糖濃度に応じてインスリンの分泌を促進させ、空腹時および食後の糖濃度を低下させ、血糖コントロールを改善するものです。またこの薬剤は血中のアルブミンという蛋白に結合させることによってその持続性を高め週1回投与で良いという製剤になっています。注入器の内部に1回分の薬液が装填されたキット製品で注入法も簡便となっているのが特徴です。
この薬の特徴は何といっても血糖改善効果のすごさ、体重に対する影響のすごさにあります。これらは、2型糖尿病患者を対象とした国内試験からうかがい知ることができます。 これにはマンジャロ単独で使った場合のサーパスJモノ試験(単独療法長期投与試験)と他の経口血糖降下薬と併用して使った場合のサーパスJコンボ試験(併用療法長期投与試験)の2つがありますが、ここでは最も基本的なサーパスJモノ試験も紹介しましょう。
日本人の糖尿病患者636名を対象にマンジャロとトルリシティ(これは今までのGLP-1製剤です)を比較検討した試験で、その有効性及び安全性を見たものです。
有効性はHbA1cと体重のベースライン(これを0とします)から投与52週時(1年間)までの変化量でみました。
HbA1cの検討では
ベースラインのHbA1c 投与52週時までの 最終HbA1c
(平均) HbA1c変化量(平均) (平均)
マンジャロ5mg 8.17% -2.4% 5.8%
マンジャロ10mg 8.20 -2.6 5.6%
マンジャロ15m 8.20 -2.8 5.4%
トルリシティ0.75mg 8.15 -1.3 7.0%
となっています。如何でしょうか。これらは平均の値ですので半数の方が正常に近いHbA1c値5.4~5.8%に到達してしまっていると言うことです。特にマンジャロ15mgの場合は79%がHbA1c5.7%以下に達したというデータが出ています。マンジャロ5mg でもHbA1c 6.5%未満は90%以上の達成率でした。またその低下速度は24週(6か月)まで速くその後は平たんになってます(グラフ参照)。そして5mgでも10mgでも15mgでも大きな差はないように見えます。これは血糖が下がりきって24週以上、或いは5mg以上ではこれ以上下がれないと言うことを示してるのではないでしょうか。 今までこのような成績を示した薬剤はなく驚きの結果と言えます。
体重の検討では
ベースラインの体重 投与52週時までの 最終体重 (平均値) 体重変化量(平均値) (平均値)
マンジャロ5mg 78.6kg -5.8kg 72.8kg
マンジャロ10mg 79.1 -8.5 70.6
マンジャロ15mg 78.9 -10.7 68.2
トルリシティ0.75mg 76.5 -0.57 6.0
マンジャロ群では顕著に体重が減少しているのが分かります。特に15mg群では10kgも減ってます。 体重の減少の仕方もHbA1cとは異なっております。 HbA1cの場合は5mg,10mg,15mgで大差はありませんでしたが、体重の場合はマンジャロの容量が増えるに従ってその減少が大きくなっているのが分かります(グラフ参照)。更に減少の速度も途中でゼロにならずに52週まで減少しつづけてます。これから先はそれほど減少はないと思われますが、もともと肥満がそれほど強くない方は痩せすぎに注意しなければならない位です。
効果だけ見れば素晴らしいのですが、問題点もあります。それは消化器症状が一定の割合で出現するということです。表で表しますと、
マンジャロ5mg 10mg 15mg トルリシティ0.75mg
悪心 11.9% 19.6% 20.0% 7.5%
便秘 15.1 17.7 13.8 10.7
下痢 17.0 8.9 11.3 6.9
嘔吐 8.2 5.1 11.9 1.3
10%から多くて20%に何らかの消化器症状が出ていると言うことになり、注意が必要です。しかし、それがために投薬中止に至ったかたは、0.6~1.3%と僅かなものでした。
また重症低血糖はゼロでした。
以上がサーパスJモノ試験の概要です。
これらのことから考えられるマンジャロの効果的な使用法とは、次のようなことが考えられます。
先ずは、治療抵抗性の患者さんです。従来のGLP-1製剤やインスリンを使っても治療目標のHbA1c値とはかなりかけ離れている人は一定数居るものです。このような方にもマンジャロ使用で改善が期待できます。
次に体重減少効果も大きいので、糖尿病があって高度肥満があって、それによる健康障害がある方に期待がもてます。健康障害とは一般には糖尿病はもちもん、脂肪肝、膝や腰の関節障害、心不全、肥満に起因する腎障害などです。
肥満の治療によってこれらが改善することが見込まれます。
そして、他の薬剤では考えられなかったことですが、HbA1c5.7%未満という正常血糖の近いところまでもっていけるということです。サーパスJモノ試験の結果によりますと半数以上方が5.7%未満を達しています。
これは糖尿病になってからの期間があまり長いと無理でしょうが、糖尿病の治癒寛解も夢ではないということを感じさせます。
多剤併用の害が指摘される中で、糖尿病薬はどうしても多剤になりがちなものですが、マンジャロ1剤で治療していける可能性も大きく開けます。
以上のようなことを考えてみましたが、胃腸障害を中心とした副作用もありますし、広く多く使われますと、予期せぬ副作用が出る可能性が出ないとも限りません。 先ずは慎重に使っていきたいものです。