糖尿病患者さんの寿命は本当に短いの？

　糖尿病患者さんの寿命は短いと言われることが時々ありますがほんとにそうでしょうか？　この程新しいデータが日本糖尿病学会から発表されました。それも加えて考えてみましょう。

　日本糖尿病学会の糖尿病の死因に関する調査委員会は糖尿病患者さんの寿命を調査してます。これは日本人糖尿病患者の死因や死亡時年齢に関する大規模な調査で、1971から1980年、1981年から90年、1991年から00年、2001年から10年、2011年から20年と10年ごとに実施されてきました。2011～2020年の糖尿病患者さんの平均死亡時年齢は男性74.4歳、女性77.3歳でした。前回の2001～10年に比べ、男性で3.0歳、女性で2.2歳延びており、更に1971～80年と比べると、男性11.3歳、女性で12.4歳も延びておりました。　糖尿病患者さんの寿命が着実に伸びていることが分かります。しかも日本人全体の平均寿命の延びは、2001～10年と2011～20年の間で男性2.0歳、女性1.4歳、1971～80年と2011～20年の間で男性8.2歳、女性8.9歳でした。これは糖尿病患者さんの寿命の延びのほうがが日本人全体の伸びよりおおきく上回ってることになります。

　日本人一般の平均寿命と糖尿病患者さんの平均死亡時年齢との差は、2011～20年には男性7.2歳、女性10.4歳になります。しかしその差は1971～80年には男性で10.3歳、女性で13.9歳でしたので平均寿命の年齢差は年を追うごとに縮まっていることがわかります。この値だけをみると糖尿病患者さんの寿命は10歳程短いと錯覚してしまいかねます。

 

　問題なのは日本人一般の人と糖尿病患者さんを平均寿命で比較することです。平均寿命は０歳の人の平均余命のことです。しかし０歳から糖尿病の人は先ずいません。従って各年代の平均余命で比較すべきなのです。これに関する報告は少ないですが、こんなのがあります。1995年から2001年まで、糖尿病専門クリニックにおいて6140人の糖尿病患者さんを4.1年間経過観察し、261例の死亡より、死因や平均余命などを調査したものです。　死因の1位は癌（31.8％）、2位は心疾患（20.7％）、3位は脳血管疾患（8.4％）、4位は肺炎（6.5％）でした。そして問題の糖尿病患者さんの平均余命は40歳の時点で、男性39.2歳、女性で43.6歳でした。これに対して平成12年（2000年）度の簡易生命表(厚生労働省　日本人の平均余命)では40歳の日本人の平均余命は、男性39.0歳、女性で45.5歳でした。　ほとんど同じですね。ほかの病院での調査データでも同様な結果が得られてます。

　それどころか今回の日本糖尿病学会から発表は寿命の逆転を思わせるデータを含んでます。全国208施設、糖尿病患者さん68,555名、糖尿病のない方164,621名で調べられてまして、糖尿病でない方と直接比較してるのです。それによりますと平均死亡時年齢は糖尿病患者さんで75.2歳（男性74.2歳、女性77.1歳）、糖尿病のない方で75.1歳（男性74.2歳、女性76.5歳）と平均すると若干ではありますが糖尿病患者さんの方が高齢でした（有意差はありませんでしたが）。　

これらの報告を併せて考えますと、糖尿病であることが生命寿命に悪影響を及ぼすことはないと考えられます。最近注目を集めてます糖尿病スチィグマ（糖尿病であると烙印を押すこと）、とりわけ生命保険に加入できないことや住宅ローンを組めないなどの社会的なスチィグマの払拭に拍車がかかると思われます。

　昔は糖尿病患者さんの寿命は10年短いと言われた時代もありましたが、上に述べました様に近年差がなくなって来た理由は何でしょう。それはもちろん糖尿病患者さんの治療法や生活改善の方法が格段に進歩していることによることが大きいのでしょう。また日本の糖尿病患者さんの死因調査結果を2016年に中村二郎先生らが発表してます。それによりますと慢性腎不全、虚血性心臓病、脳血管障害共に1971～80年と比較して2001～10年の死亡率は圧倒的に低下してます。2011～20年も同様です。

 

しかも驚いたことに虚血性心臓病と脳血管障害は日本人一般よりも死亡率は低くなっております。これは冠動脈CT,MRIの普及、カテーテル治療の進歩のみならず、糖尿病患者さんは血糖管理に加えて降圧薬による血圧管理、スタチン薬などによる脂質管理も一般の方よりしっかり行われることが多い為かと考えられます。

日本人、糖尿病患者さんとも死因の1位は癌ですが今回の2011～20年データも同様です。1位癌、2位感染症（結核、肺炎、その他）、3位先ほどの血管障害（虚血性心臓病、脳血管障害）と続きます。癌の内訳では日本人一般と比較して肝臓がんが2.3倍、すい臓がんが2.4倍が特徴的です。

 

これも病院で検査する機会、健診、ドッグ受診を薦められる機会が多くなるためかと思われます。糖尿病では大腸がん、膵臓がん、肝がんなどは1.5倍～2倍一般の人よりもリスクが高くなるといわれてます。しかしこれらは便潜血、エコー検査など小まめにスクリーニングをすることでみつけやすくなります。是非糖尿病患者さんは健診、ドッグ受診を積極的に受けるようにしましょう。

 

　平均寿命、平均余命に次いで気になるのは健康寿命ですね。

　糖尿病ではない場合の健康寿命は2019年に厚生労働省が出したものによると、男性81.41歳、女性87.45歳でした。平均寿命と比べると男性で8歳、女性で12歳ほど短くなっています。では、糖尿病になった場合、健康寿命も短くなってしまうのでしょうか？　これには健康寿命の定義のあいまいさもあってはっきりとしたデータは存在しません。しかし日本人一般の健康寿命もその平均寿命の延びに平行して着実に伸びてます。糖尿病のある方の健康寿命も同様に伸びてることは十分に想像できます。健康寿命が延びているということは、日常生活に支障が出ずに生活できている期間も延びているということです。

　というわけで糖尿病を持っている方も一般の人と変わりなく将来の夢や希望に向かって人生を歩むことができるのです。