低血糖あれこれ
どの位まで血糖が下がると低血糖と呼ぶのでしょうか?
一般的には70mg/dl以下を指すのです。これ以下になると、血糖を上げようというホルモンが分泌されるため、その影響で低血糖症状が出てきます。動悸、振戦、不安感、ひどい空腹感、しびれ感、発汗、思考力の低下、行動異常などなどです。ひどくなると痙攣、昏睡を起こしてしまいます。
このような症状がでれば対処することが可能ですが問題は70を切っても症状が出てこない方がしばしば見かけられるということです。たとえば血糖値が45mg/dLでも何ら低血糖の症状が出ないことがあり、このような状態を「無自覚性低血糖」と言います。
偶然血糖値を測定して、はじめて低血糖であることを知ることとなります。
この無自覚性低血糖が問題なのは、次に述べます重症低血糖の下地となるからです。
症状のない低血糖状態から更に血糖値が低下して意識消失となり、自分では低血糖からの回復ができず、第三者による処置が必要な重症低血糖に陥る可能性があるからなのです。
重症低血糖で長時間意識消失すると、中枢神経系の不可逆的障害や死亡にいたることがあり、大変注意が必要です。重症低血糖と呼ぶ時の血糖値は決められておりません、第三者すなわち他人の手助けがなければ回復できない状態を指します。
重症低血糖はまずご自身の生命に危険を及ぼす可能性が出てきてしまうばかりではなく、これを起こしたことのある患者さんとない患者さんを比較すると、脳卒中、心血管死、総死亡が2~3倍と増加してしまうことが問題視されてます。
認知症の発症にも影響することが報告されております。
少し怖いことを話してしまいましたがこれから述べます低血糖の話を見ていただければ十分対処できますのでご安心下さい。
まずは低血糖時の症状を知りましょう。
一般的には、血糖値が70mg/dL以下になると発汗や手足の震え、体が熱く感じる、動悸、不安感、吐き気、空腹感などの自律神経症状が出たりします。また疲労感、脱力感、考えがまとまらない、集中できないなど漠然とした症状であることもありますので注意が必要です。
さらに血糖値が50mg/dL以下に下がると、中枢神経にまで影響して意識障害などの低血糖症状が出現することがあります。意識が朦朧として来て最後には昏睡となってしまいます。高齢者や神経障害を合併している方は、昏睡状態になる寸前でやっと低血糖と気づく場合もあります。
特徴的なことは低血糖症状はその人によって特有な症状が出るということです。自分の低血糖症状を覚えておき、次回からすばやく対処することで、その後の重症低血糖を防ぐことが可能になりになります。
夜間の低血糖症状は特徴的です。動悸や悪寒で目が覚める、悪夢を見るなどの不快な症状を感じる場合や、睡眠中の不穏な言動、寝汗をかいてうなされるなどは夜間低血糖を疑います。
血糖自己測定や持続血糖モニターが必要となります。
低血糖の原因を知って予防に努めましょう。
低血糖はさまざまな要因で誘発されます。
まず第一にインスリン投与量が多いとか、あるいは内服薬でもインスリン分泌促進薬の投与量が多い場合です。
食事摂取量が少ない時や食事時間帯が遅れた時、胃腸炎などによる食事からの栄養の吸収が不良だった時など食事の要因によることもあります。
活動量や運動量が多い場合(筋肉での糖取り込みが増大する場合)などがあげれます。
インスリン療法による低血糖の原因を考えていきます。
食事摂取量(とくに糖質量)がすくない時や、インスリンを打ってから食事摂取時間が遅れてしまった場合は当然と言えるでしょう。インスリン製剤を誤って多く打ってしまうこともあり得ます。運動しているときや運動後2~3日はインスリンの効きが良くなり、低血糖を起こしやすくなることも知っておきましょう。
SU受容体作動性(インスリン分泌作用)のSU薬は低血糖を引き起こしやすいです。
これらはグリベンクラミド(ダオニール、オイグルコン)>グリメピリド(アマリール)>グリクラジド(グリミクロン)の順で血糖降下作用が強いです。高齢者ではなるべく避けた方が良い薬剤と言えるでしょう。でもその中ではグリクラジドが一番使用しやすいです。
SU受容体作動性の速効型インスリン分泌促進薬(グリニド薬 ミチグリニド(グルファスト)、レパグリニド(シュアポスト))は作用時間が短いので低血糖はまれですがあります。その場合でも比較的軽症で回復も早いです。
インスリンとSU薬やグリニド薬を併用することで当然低血糖も起こしやすくなります。
薬物療法ではインスリン製剤とスルホニル尿素(SU)薬によるものが多数を占め、HbA1c値が低い人のほうがリスクが高いということは是非知っておきましょう。
ビグアナイド薬(メトホルミン)、α-グルコシターゼ(ボグリボース、ミグリトール)、チアゾリジン薬(ピオグリタゾン)、DPP-4阻害薬(ジャヌビア、グラクティブ、トラゼンタ)、SGLT2阻害薬(フォシーガ、ジャディアンス、カナグル)、GLP-1受容体作動薬(リベルサス、オゼンピック、マンジャロ)は、単独投与では低血糖は起こりにくいでかなり安心して使えます。ただやはりインスリンやSU薬、グリニド薬と併用すると低血糖を起こしやすくはなります。
一般の薬剤との併用にも注意が必要です。
レボフロキサシンや非ステロイド系鎮痛薬(ロキソプロフェンナトリウム、ナプロキセン)などの抗菌薬や一部の抗不整脈薬が有名です。これらは糖尿病薬との併用でも単独でも低血糖を起こすことがあります。
特にSU薬に非ステロイド抗炎症薬併用には注意しましょう。
グリニド薬のナテグリニド(商品名スターシス)とフィブラート系薬(高脂血症薬)の併用、レパグリニドとクロピドグレルとの併用で低血糖が誘発される場合があることは医療従事者にもあまり知られてない位です。
運動にも注意が必要です。
インスリン製剤およびインスリン分泌促進薬(SU薬、グリニド薬)を服用している方は、とくに運動前の血糖値が90mg/dL以下の場合、運動による低血糖を引き起こし、数時間継続するおそれもあります。予定より激しい運動や長時間の運動をしたときに、運動中や運動後、または運動した日の夜間や翌朝にも低血糖が起こりやすくなります。
入浴によって基礎代謝量が上がり、エネルギーを消費するため低血糖を起こすことがあります。
1型糖尿病のある方の運動際の注意点が載っている文献があります。参考にされては如何でしょうか。
更にシックデイには注意が必要です。
糖尿病の治療中に発熱、下痢、嘔吐をきたし、食欲不振のために食事ができない状態です。
シックデイ時に血糖値が上がりすぎれば、感染に対する免疫力を低下させたり、高浸透圧高血糖状態などのリスクが高くなったりします。また適切な薬の調整ができなければ、重篤な低血糖のリスクも大きくなってしまいます。
シックデイルールというものがあります。
食欲がなくても日頃食べなれている口当たりのよい食べ物(おかゆやジュース、くだもの、うどんなど)で炭水化物を補給する。
十分な水分補給に努めて、脱水を防ぐようにする。
インスリン療法は、自己判断でやめてはいけない。
というものです。
基礎インスリンはやめないことです。もともとの疾患のため食べなくても血糖が上がってしまいます。
グリニド薬は食事量(とくに炭水化物摂取量)に応じて減らします。ごはんが半量なら半量内服ということです。
ビグアナイド薬とSGLT2阻害薬は必ず中止します。DPP-4阻害薬(ジャヌビア、グラクティブ、トラゼンタ)、GLP-1受容体作動薬は血糖の状況にもよりますが症状が強い場合は止めておいたが無難です。分からなければ2,3日位でしたら内服薬はすべて中止してしまっても大丈夫でしょう。いずれにしても症状が強い場合は医療機関の受診が必要でしょう。
アルコールにも注意が必要です。空腹時や飢餓状態でアルコールを摂取すると肝臓での糖の産生が低下することで、低血糖が引き起こされます。
いずれにしても低血糖を起こした場合の対処が一番大切です。
低血糖症状を感じた時は、ブドウ糖や砂糖などを10~15gを目安として水に溶かして服用することが基本です。普段は制限されている砂糖入りのコーヒー飲料、ブドウ糖入りのコーラ飲料といった清涼飲料水を半分飲から一本(150~200mL)飲むことも良いです。10~15分もたてば、低血糖症状は改善します。対処後も低血糖症状が改善しない場合には、もう一度同じ分量の糖分をとります。
せんべいなどの糖質を摂ってみるのも良いですが、チョコ、アメはあまり推奨されません。
低血糖の予防も劣らず大切です。
低血糖の予防には、まずインスリン製剤や経口血糖降下薬の減量を検討します。主治医とも相談しましょう。空腹時に運動を行う場合には、運動の前にたんぱく質や脂質を含み血糖上昇作用が長時間期待できる牛乳、チーズ、ヨーグルトを補食します。ランニングや水泳といった激しい運動を1時間以上行う場合は、おにぎりやクッキーなど血糖値を比較的早く上昇させる食品を1時間おきに摂取すること。などです。血糖値を比較的早く上昇させ、上がった血糖値を維持したい時はご飯、パン、ビスケット、クラッカーなどが良いでしょう。
アルコール摂取時は糖質を一緒に摂ることを怠らないで下さい。
1型の方は点鼻噴霧剤(バクスミー点鼻粉末剤)を用意しておきましょう。
グルカゴンの粉末を点鼻容器に充塡したもので、1回の使いきり製剤です。使用時は点鼻容器の先端を患者の鼻腔に挿入して注入ボタンを押します。するとグルカゴン粉末が鼻腔に噴霧され、鼻腔粘膜からグルカゴンが吸収されます。重症低血糖で意識障害の患者に対しても簡便・確実に使用できます。
最後に運転時の注意です。
2014年の道路交通法施行に合わせ、糖尿病治療薬は自動車運転注意薬となりました。
ADA(米国糖尿病学会)は運転時の低血糖対策を細かく指導しておりますがなかなか実行は難しいものです。以下の点に注意していきましょう。
車内に低血糖対策用の糖分を設置することがいちばん重要です。砂糖やブドウ糖は、運転席から手の届く範囲に置いときましょう。
インスリンを使っている方は乗車前に血糖自己測定をする、空腹時に運転しない、なるべく一人で運転しないことです。渋滞前に休憩し食事するとか低血糖を感じたらハザードランプをつけて側道へ停車するなどが大切です。
いろいろ難しいことを述べましたが最後に強調したいのは以下の点です。
重症低血糖を起こしえるのはインスリンとSU薬だけだということです。他の薬剤はほとんど心配ないということです。逆にこの2つを使用している場合は常に低血糖を意識して予防に努めるということです。
糖尿病薬はここのところ急速に進歩し、ほとんどSU薬を使わずに血糖コントロールが可能となってきております。またインスリンを使う機会もGLP-1受容体作動薬の登場で大きく減ってきております。1型糖尿病の方には完全自動のインスリンポンプも登場して活躍しております。低血糖を気にしなくても良い糖尿病治療の時代もまじかに控えているのです。
