はじめの一歩を踏み出しましょう
糖尿病外来に通院中の方にアンケートをとってまとめたデータがあります。
それによりますと現在少しでも運動療法をやっていると答えた方は52%ありました。約半数の方は何らかの運動をやっていることですね。これを多いとみるか少ないとみるかは人によって異なるでしょうが、逆に半数のかたは全く運動はしてないということになります。その中の3分の1は過去にはやっていたが今はやっていないということでこれも無視できない数字です。
ではその運動がなかなかできない理由は何でしょうか? アンケートの答えは
運動する時間がない40%
運動する気がない12%
運動が嫌いが10%
を占めました。時間がないと答えた方はその気はありますが物理的な理由でできないということで運動の必要性は感じているものと思われます。運動する気がない、あるいは運動が嫌いな方にいかにしてやる気を起こさせるかはまずは運動の有益さを理解していただくのが1番かと考えます。ですのでここでは運動の素晴らしい効果というものを一緒に考えていきたいと思います。
その効果の1番は何といっても運動するとすぐに血糖が下がるということです。
糖尿病患者さんにおいて、食事後に30~45分の中強度の運動(楽だけどちょっとキツイと感じる程度の運動)を行った場合の血糖変化の検討では、安静時と比較して、運動時にはその倍の時間の食後60~95分に渡って血糖の降下が認められたというデータがあります。運動時間よりも長く血糖降下が続きます。
さらに近年では食後30分毎に3分程度の軽い活動を行うことでも血糖が下がることも報告されています。
運動することによって筋肉への血流が増加し骨格筋内の毛細血管血流も増加し、骨格筋に対するブドウ糖とインスリンの運搬が増加することによります。これらは運動の急性効果と言えるでしょう。
これに対して運動の慢性効果というものもあります。運動をある程度長期間続けることにより、運動をしていないときでもインスリンの効きがよくなり血糖値が上がりにくくなるというものです。平素運動しておれば運動してない日でも血糖は同様に上がりにくくなっているということです。このことは血糖を毎日見ておられる方はよく経験することと思います。その裏返しとして活動があまりない期間が長く続きますとインスリンの効きが悪くなり、血糖値が上がってしまいます。これは1回運動をしたからと言ってすぐに改善されるものではありません。 運動は1回でももちろんそれなりの効果はありますが、できるだけ継続的にやってもらいたいものです。
運動不足が長く続きますと筋肉細胞内に中性脂肪という脂肪がたまりやすくなります。中性脂肪は肥満のとき皮下組織貯まるものですが異所性に筋肉細胞にも貯まってしまうのです。そしてそれが筋肉におけるインスリンの効きを悪くし血糖を上げてしまいます。こうした脂肪筋とも言ってもよい状態は、歩く量が少ない、座っている時間が長い、肝機能が悪い(ALT>20)、脂肪肝がある人などに特徴的と言われてます。それ以外にも不活動が長く続きますと当然筋肉の萎縮を起こします。萎縮した筋肉細胞では糖のとりこみが減少します。また筋肉内の毛細血管密度が減少し、筋細胞への糖やインスリンの運搬が減ってしまいます。
以上理 屈が長くなりましたが運動の血糖改善効果を頭で理解しておくのも運動の意欲につながるかもしれません。
他にも運動の効用は幾多とあります。
色々な運動が単にエネルギーの消費を増やすための手段のみだけでなく、脳の食欲中枢に働きかけてエネルギー摂取量を抑えるということが知られてます(食物・運動・脳関連と言います)。食欲促進性のグレリンというホルモンが運動によって減少します。また血中のGLP-1の濃度が増加します。このGLP-1の増加によって運動後の食事摂取量が減少します。動いた後は食欲が過剰にならず、ほどほど食べて満足するという「運動→摂食の連鎖」の仕組みがもともと備わっていたとすれば、この連鎖が動かずとも食べられる現代社会では昔ほど自然には機能せずに過食の傾向に陥りやすくなっているのかも知れません。
頭に働くという点ではサルコペニア(加齢による筋肉量の減少や筋力の低下のこと)や認知機能障害の原因となる脳白質変性や無症候性脳梗塞を予防するということです。特に有酸素運動をすることによってメタボリック症候群やインスリン抵抗性を改善し、それが原因のこれらの脳疾患の発症を抑えます。
適度な有酸素運動や筋肉トレーニングがアルツハイマー病の原因となるアミロイドβ蛋白の蓄積を減らすことは以前より知られていることです。認知症の症状を改善します。
またうつ症状にも良いでしょう。
更に、直接脳の機能をよくするという報告もあります。単回の運動することによって記憶力の向上が8週間も続いたというものがあります。
一般的にはあまり知られてないかもしれませんが、運動はガンの発症を減少させるということです。高い身体活動レベルの運動を行うといろんなガンの発症率を抑えるという報告はあまたあります。それは食道がん、肝臓がん、肺がん、腎臓がん、大腸がん、子宮がんなど多岐にわたります。
運動はもちろん骨粗しょう症の予防にもなります。これは若いころ(中高生)と現在の運動習慣とが関係します。若いころの運動も大切ですね。筋肉量や身体機能に関してもしかりです。
運動が身体に与える良い影響は幾多とあるものですね。運動が悪さをするということはそれが過度にならない限り一つもないと言ってよいでしょう。心不全、腎不全においてさえ一定の運動が勧められています(心臓リハビリテーション、腎臓リハビリテーションとして)。逆に言ってしまいますと運動しない、不活動であるということは身体にかなり良くないということになります。
そうはいってもなかなか運動を開始できずにいるかたは多いと思います。
日本の糖尿病学会は、中等度の運動で週に150分かそれ以上、週に3回以上、レジスタンス運動(筋肉運動)は週に2~3回行うことを勧めています。米国学会でもそうです。
最初からこのような形式にこだわるとなかなか運動は始められません。 まずは初めの一歩として少しでも歩いてみるのはどうでしょうか。その場合、1日の歩数をチェクしてみましょう。そして今よりプラス1,000歩を目標として歩く時間を多くしてみてはどうでしょうか。1,200歩歩数が増加するとHbA1cが0.38%減少するという報告もあります。
糖尿病学会はまた、日常の坐位時間が長くならないようにして、軽い活動を合間に行うことを勧めています。運動したいけど色々な理由でなかなかできない方は日常の生活活動を積み重ねるということもよいことです。掃除機をかける、洗濯物を取り込む、食器を洗う、洗車をする、お子さんと遊ぶなどを積み重ねると消費カロリーは300Kcalを超します。これはウォーキング1万歩の消費エネルギーにも相当してしまいます。最初に述べましたように食後30分毎に3分程度の軽い活動を行うことでも血糖が下がることも報告されています。とにかく1日の活動量を増やすことをお勧め致します。
更には週1回ジムに行ってみるのも良いでしょう。カーブスも良いです。周囲の人がやっているとまたやる気も出てくるものです。
とにかくどんな形でもよいので運動や日常活動を増やし、血糖コントロールはもとより、健康的で元気のある日常生活を送ってもらいたいものです。